○部発足、体育会に加盟

大正の末に、塾内にてバスケットボール愛好者が集まりクラブチームを結成し、東京YMCAで練習を始めたのが塾籠球部の創始である。

これの結成に参加した人々が現在の籠球部の大先輩である。バスケットボールが日本に於いて行われるようになったのは明治41年であるし、学生が学連を結成したのが大正13年であり、籠球部の歴史そのものも余り古くはないが、バスケットボール会においてはそれ程新しいこともない。

昭和3年になって吾々の先輩たちは学連に加盟してここに試合らしき試合が出来るようになり、以後今日迄学連の重鎮として各時代の先輩方が活躍し続けている。

昭和5年、関西との親善を計って関大との定期戦を開いた。今日迄年中行事の一つとして交互に往来してきている。

昭和6年、比島聖トーマスチームが5月に来訪し、この時初めて塾単独にて国際試合をした。このゲームは78対37の大差をもって破れた。

同年、塾体育会に入会し、フィッシャー先生を部長に仰ぎ、体育会の末席を占めるようになった。

創部挨拶状

同6年4月朝鮮籠球部が来訪しこれと対戦、勝利を握った。

昭和8年、朝鮮延き(*注)専門が来征し、続いて4月にはハワイ大学の来日と国際試合華やかなりし年であった。
ハワイ大は関東の六大学と試合をしたが、これを破ったのは慶應と早稲田のみであった。

昭和9年、今迄OB稀少のため参加出来なかったOBリーグに新加入し、若手揃いの事とて優勝を有望視されたが、結果は出来不出来がひどく、当たりが不確実だったため勝てる試合を失い、東大OB、明大OBについで3位となった。

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注:「き」→ き

昭和55年3月発行『慶應義塾体育会バスケットボール部50年史』より。
昭和25年発行の「体育会誌」からの抜粋で、ほぼ原文のまま掲載しています。


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