慶應義塾体育会バスケットボール部 創部75周年記念式典
2005年6月26日

≪第1部 記念式典 祝辞・あいさつ≫

1.式辞:慶應義塾体育会バスケットボール部 井田 良 部長

井田体育会バスケットボール部部長慶應義塾体育会バスケットボール部部長の井田でございます。 本日は、せっかくの休日にもかかわらず、また大変お暑いなかご出席頂き心よりお礼申し上げます。とりわけご来場の方々には、日頃からバスケットボール部を支えて頂き、また側面からご援助くださっている方々には、お礼も兼ねてこの場で心から感謝申し上げる次第でございます。
さて慶應義塾体育会バスケットボール部は、すでに大正末期に部の前身が発足しておりますが、昭和6年(1931年)に籠球部として体育会に正式加入いたしました。それ以来、輝かしい歴史を残しております。 とりわけ昭和24年から27年にかけては、全日本学生バスケットボール選手権大会を、第1回から第3回まで連続で優勝しました。また昭和30年代が第二期の黄金時代といえましょうか、昭和32年と34年に全日本学生バスケットボール選手権大会にて優勝しております。
そして記憶の新しいところですけれども、この75周年の祝祭を誇るかのように、昨年男子チームは、関東学生バスケットボールリーグ戦1部優勝、並びに全日本学生バスケットボール選手権優勝の2冠を達成しました。その感動の余韻は、まだ残っているところです。 女子部は、昭和27年(1952年)にバスケットボール部に加わりました。昭和39年には関東女子学生2部リーグで優勝し、1部昇格を果たすという素晴らしい歴史を残しております。
ただ輝かしい歴史、あるいは結果・成果に注目するだけでは、この過去を振り返り、未来を展望する75周年のこの機会には十分ではないと思います。昨年のチームが我々にあれだけの感動を与えたのは、結果はもちろんでありますけれども、戦い方が素晴らしかったからではないかと考えています。
私個人と致しましては、今の慶應チームには他のチームにない特色があるとすれば、それは戦い方の中に、「知性・賢さ、あるいは品の良さを感じさせる」それがあったのではないかと考えております。それは他のチームにはないものでありまして、福沢先生の「気品の泉源」「知徳の模範」という教えに附合するという事も偶然ではないと感じているところであります。
そして、チームにそういう要素を与えているのが何かといえば、それは部の中にそういう選手達を寛容する何かがある。それは歴史であり、また伝統がそうしていると考えることができるのではないかと思っております。
そういう歴史を形成し、また伝統を継承することの原動力となりましたのが、OB・OGの皆さま方に他なりません。 昨年日本一になるまでには、あまりにも気が遠くなるほどの地道な努力が重ねられたことを、私は知っています。 私はこの機会に至福の時代を通してしっかりと部を支え、一気に全国の頂点へのし上げていった、部のOB・OGとご両親の皆さまのご支援・ご尽力に対し心から敬意を示し、また感謝をしたいと思っております。 またご来賓の皆さまには、今後ともご教導、ご奮闘賜りますよう心からお願いしたいと思います。簡単ではありますが、私の挨拶とさせて頂きます。

 

2.祝辞:慶應義塾 山崎 元 常任理事

山崎常任理事本日バスケットボール部創部75周年を迎えられたバスケットボール部の関係者の皆様に、心よりお祝いを申し上げます。おめでとうございます。 更にはいつも好敵手として戦ってくださる関東の方々、さらには関西の方々にまでご出席頂き、このようなお祝いの会を開けることに関して、慶應義塾の代表と致しましても心よりお礼申しあげます。ありがとうございます。
バスケットボール部に関しましては、今までの歴史の中でいくつかのピークを迎えながら、また苦しい苦しい低迷の時代もあったわけでございますけれども、昨年のあの暮れのインカレの勝利に関しましては、どれほど皆に勇気を与え、感動を与えたかは、私どもと致しましても大きな大きな出来事でありました。 あの試合の中で私も観戦しましたけれど、「この中で来年残るのは何人?」と考えながら試合を観ておりました。案の定ではないですけれども、今年の4年生の時代になってから初戦を失ってしまいましたが、この前の早稲田との慶早戦に関しまして、よくぞ勝ってくれました。
慶應義塾の言葉の中に、「History makes Victory」という言葉があります。 「歴史が勝利をもたらすんだ」という言葉でありますが、昨年の勝利は、今度の新しい体制の現役諸君にも大きな刺激になって「よく勝った!」と私は思えてなりません。
過去の事に関しましては、井田部長からお話がありましたが、これから慶應義塾がますます元気になるためには、体育会が強くなくてはなりません。 その時にバスケットボール部が果たす役割は極めて大きい。これから秋に向けて、またここにいる現役諸君の皆さん、男子についてもまた女子についても、4年生を中心に体制を整えて、「History makes Victory」という言葉を実践して欲しいと祈ってなりません。 簡単ではございますが、私の慶應義塾を代表してのお祝いの言葉とさせて頂きます。 本日はおめでとうございます。

 

3.祝辞:慶應義塾体育会 宮島 司 理事

宮島体育会理事ただいまご紹介に預かりました宮島でございます。 はじめに、バスケットボール部創部75周年おめでとうございます。75年の間大変ご苦労されようやくここまで登り詰め、積み上げられた事に対して、心より敬意を表したいと思います。
すでに井田部長そして山崎常任理事からお話がございましたので、私は、体育会の理事の立場としてひとつだけお話を申し上げたいと思います。 先日、体育会本部常任委員の方々の協力を得まして、少しだけバスケットボール部のことを調べさせて頂きました。先ほど井田部長からお話がありましたように、昭和6年に体育会に加入したということですので、その当時の慶應義塾の様子、それから体育会の様子を交えながらお話申し上げたいと思います。
昭和5年当時は、総理大臣の浜崎 雄幸が東京駅で狙撃されるという事件がありました。バスケットボール部が、体育会に加入した昭和6年、この年は満州事変の勃発した年でございます。こういう風に世の中は、だんだんと戦時色が強くなっていく中で「慶應義塾においては、まさに体育会がいわば第2の好機」を迎える時でした。 明治の時代から大正の初めにかけてが、第1次の体育会の加入の時期がございました。これに対して、昭和のはじめは、私の考えですと第2の好機だったのかなと思います。
具体的には、ソッカー部が昭和2年、スケート部が昭和4年、そして昭和6年に籠球部としてバスケットボール部が体育会に加入され、そのあと昭和8年になりますとスキー部が加入しました。またこの辺りから、まだ体育会には所属しない団体ですけども、アメリカンフットボールとかレスリングとかが、クラブ団体としての創部が始まりました。 世の中が騒然とし始めているにもかかわらず、慶應義塾においては「体育を通じて逆境をなしていこう」という考え方の基に、第2の好機だったと思います。
これは、慶應義塾の特色ともいえるところですが、福沢先生が、上野彰義隊の太鼓の音が聞こえている時でも授業を行い、それから私の指導教授だった小泉元塾長も、学徒出陣の時、「慶應義塾の塾生たるものは、生きて帰って来る」と言われました。 あの時代にそういうことを言って学生を送り出すという事に、「慶應義塾らしさ」が見られたということです。 軍事色とかかわりなしに、体育会というものがどんどん発展していくさなかにあって、バスケットボール部が生まれた。そういう歴史を、一つ頭の中に入れておいて頂けたらと思います。
私は、体育会の理事を5月28日に拝命し、就任してまだ1ヶ月しか経っていませんが、何度かこういう場所で話をする機会があり、その時に必ず出すのが、このバスケットボール部のことです。 とにかく慶應義塾というところは、よその大学と違います。私は 競走部の部長を長い間務めておりましたが、監督等が勧誘にいっても「100%入学できるから来て欲しい」と決して言えないこの辛さがあります。 この辛さの中で「学生スポーツを全うしていった結果、バスケットボール部はいまの地位にある」と、こんな風に話しております。 そういう意味で山崎常任理事からお話がありましたように、バスケットボール部が、こういう形で慶應義塾の中で活躍していてくれるというのが、慶應義塾の体育会全体にとっても非常に大きな意味を持ちます。 そして、またこれも何度もこのような機会で話すのですが、「体育会が強い時代は、慶應義塾も大変活躍している時代だ」と、私は考えているのです。 その意味で本当にバスケットボール部が、これからまだまだ何度も活躍して頂き、これから慶應義塾が創立150周年を迎えようする中で、中心的な役割を果たしながら体育会の要、それから慶應義塾全体の発展に尽くしてもらえればと期待しています。 簡単ではございますが、ご挨拶に代えさせて頂きます。

 

4.祝辞:三田体育会 内藤 昌 会長

内藤三田体育会会長ただ今ご紹介に預りました内藤でございます。 諸先生、諸先輩がおられる中、甚だ僭越ではございますが、ご指名によりましてご挨拶申し上げます。 本日は、体育会バスケットボール部創部75周年誠におめでとうございます。そして、このおめでたいお席にお招き頂きましたことを、まずは御礼申し上げます。ありがとうございます。
先程来お話が出ておりますとおり、バスケットボール部は、昨年45年ぶりに完全優勝という快挙を遂げられました。本日ここにご列席の塾体育会バスケットボール部のご関係の皆様、どんなにか誇らしく、どんなにか喜びをもって、本日ご出席のことかと心中お察し申し上げますとともに、改めておめでとうございますと申し上げたいと思います。 皆様が出されました45年ぶりの快挙、先程来山崎常任理事、宮島体育会理事からもお話がございましたが、バスケットボール部だけの優勝ではなく、その感動は塾体育会に大きなインパクトを与えてくださったと思っております。 バスケットボール部だけが優遇されたわけではございません。宮島体育会理事のお話のとおり、塾の厳しい入学条件は、どの体育会も同じでございます。 限られた条件の中で、「どうやって強く勝つチームにしていくか」ということは、井田部長、土田会長を始め、皆様が一丸となって取り組んでこられた結果であろうと思います。 その皆様の努力を思う時、心からそのご努力に対し敬意を表するものでございます。
慶應義塾は、あと3年で創立150周年を迎えます。 安西塾長は、「日本の慶應から世界に通じる慶應へ」と話しておられています。文武両道を建学の精神とする塾にとって、「体育会も昇華して、必ずや強い立派な体育会を作り上げていかなければならない」と思うのでございます。 伝統と栄光に輝くバスケットボール部は、どうかこれからも強く立派に光り輝き、体育会の先頭を走って頂きたいと思う次第でございます。 バスケットボール部の益々のご隆昌を心からお祈り申し上げまして、私のご挨拶と致します。誠におめでとうございます。

 

5.創部75周事業の総括:創部75周年委員会 斎藤 哲也 委員長

斎藤創部75周年委員会委員長私は、昭和47年経済学部卒業の斎藤 哲也と申します。 このたびの慶應義塾体育会バスケットボール部創部75周年の記念事業実行委員長を、拝命致しております。 諸先輩のおられるなか、大変潜越ながら高いところよりご挨拶とご報告を申し上げます。
このたびのバスケットボール部創部75周年の実行委員会につきましては、総勢37名の委員と6名の顧問により、一昨年2003年の秋より活動を続けてまいりました。 記念グッズ委員会、記念式典委員会、記念誌委員会、募金委員会の4つの分科会の活動に加え、8回に亘る全体会議、また毎月開催されるバスケットボール三田会幹事会での協議も意欲的に行ってまいりました。 記念グッズ委員会は、OGの藤本 恵理子委員長のもと、昨年の男子チームの関東リーグ戦優勝を記念しておなじみになりました「マフラータオル」を作製致しました。 また、塾員の皆様の胸につけて頂いております、75周年記念のピンバッヂ製作も手がけました。 記念式典委員会は、伊藤 誠委員長をリーダーとして、今日のこの記念式典とパーティーの企画と準備を担当致しました。 限られた時間内に忙しい委員の間で業務の日程を調整したうえで、本日の記念式典とパーティーにこぎつけました。本当によくやってくれました。 記念誌委員会は、加瀬 正委員長のもと、75周年記念誌を作成中であり、本年秋の完成を目指しております。 募金委員会は、小暮 英之委員長のもとに活動し、総勢252名の0B・OGを始めとする皆さまから、目標金額を上回る、12,275,888円(式典当日まで)のご寄付を頂きました。 目標の1,200万円をクリアできたのは、まだ先週のことでございます。 募金をしてくださった方の中には、亡くなった部長先生やOBのご遺族の方もいらっしゃいます。 この場をかりて、改めてご寄付をして頂きました皆様にお礼申し上げます。 集まったご寄付は、慶應義塾の基金室を通じて、慶應義塾に一旦寄付した形をとらせて頂きます。 募金の使途につきましては、現役学生が使用するトレーニング機器の購入など「趣意書の内容」に沿って活用させて頂きます。
次に、バスケットボール部にいままで貢献のあった方をご紹介させて頂きます。 こちらにおられます新田 敏先生でございます。 新田先生は、昭和52年(1977年)に就任され、平成11年(1999年)に井田先生に引き継ぐまで、約23年間にわたり部長先生であられました。 その間、関東学生リーグの分裂などのネガティブな時代もあり、また塾バスケットボール部が低迷した時期もございました。にも拘らず、先生はバスケットボール部の活動に理解を示され、お忙しいなかまめに試合に駆けつけて頂き、ベンチに入られておりました。 また、ご退任後も、バスケットボール三田会、バスケットボール部へのお心遣いは大変なものがございました。 このたびの75周年記念事業にも、ご協力をいただきましたこと、高い席から改めてお礼申し上げます。 長くなりましたが、これをもちまして、記念事業の報告といたします。 ご静聴ありがとうございました。

 

6.謝辞:バスケットボール三田会 土田 恒生 会長

土田バスケットボール三田会会長バスケットボール三田会の土田でございます。 本日は、当部の75周年ということで、多くの皆様にご出席頂きまして、本当にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。 また大変お忙しい中、塾からは山崎常任理事、体育会からは、宮島理事にご出席頂いて本当にありがとうございます。三田体育会からは、先ほどご挨拶頂きました内藤会長、早稲田からは、よく駆けつけて頂きました山田RDR倶楽部会長、そして関西から今日わざわざお越し頂いた池内千陵会(関西大学体育会バスケットボール部OB・OG会)会長、皆さまにご出席頂きまして、本当にありがとうございます。 この三田の丘に、このような記念式典を開催できるということは、本当に嬉しく思っておりまして、皆さまにこの席をお借りしまして感謝申し上げる次第でございます。
さて、我がバスケットボール部ですが、皆さまの先ほど来のご祝辞のとおり、昭和6年に体育会に加入し、部として活動を開始しました。 それ以来長い年月をかけまして、今日の歴史を作った訳でございます。はっきり申しまして、戦前戦後の長い間、多くの大変なことがございましたけれども、それを乗り切り、本日の歴史と栄光を築いたとこういうことでございます。 これらを築いたのは学生諸君はもちろんのこと、何といっても諸先輩の長年の功績と、ご支援のおかげと心から感謝する次第でございます。ありがとうございました。
今後は、この歴史と伝統を、現役の皆さん、また次の世代の皆さんにしっかりと引き継ぎ、さらに100年、200年とこの部が続くように、頑張っていきたいと思っており、これが我々の使命と心得ております。 そういう意味からも、また引き続き、変わらぬご支援をお願いする次第でございます。
最後になりましたけれども、ご列席のみなさんのご健勝を祈念致しまして、お礼のご挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました。

 

<祝賀パーティー> ・創部75周年記念式典 インマン氏よりの祝電 アメリカ人の Stu Inman氏は、昭和42年(1967年)からの3年間、昭和55年(1980年)と平成2年(1990年)・3年(1991年)の合計6回、男子バスケットボール部の臨時コーチを務めて頂きました。 Inman氏のバスケット理論が、今の塾バスケットボールのプレースタイルの原点の一つになっているといっても過言ではありません。 この記念式典にあたって祝電を頂きましたので、ご披露させて頂きます。

*以下のInman氏からの祝電は、記念パーティーの席上で、司会より紹介されました。 Thank you for letting me share in this great celebration of the history of Keio basketball. で始まる文面ですが、要約させて頂きます。

<以下、要約内容>
昨年の関東リーグと全日本学生の2つの優勝、改めておめでとう。 また、この記念式典を多くの日本の友人・知人とともに迎えることは大変な喜びです。 慶應をコーチしたことは大変な幸せであり、慶應の選手達・コーチ陣・スタッフ達から、人生を前向きに生きることを教わりました。 今後も、慶應チームはファミリーのように結束を強め、OBはコーチングスタッフを激励し続けてほしい。 また、将来活躍するであろう若い選手にとって、OBのアドバイスが如何に大切かを前向きに理解してほしい。 もう一度、この式典のお知らせを頂いたことに感謝します。 1967年度 慶應OB Stu Inman オレゴン州にて。

<原文>
From:INMANFS@aol.com
Sent: Saturday, June 25, 2005 1:14AM
Subject: Keio Basketball Anniversary Celebration
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Thank you for letting me share in this great celebration of the history of Keio basketball. Congratulations for the many accomplishments of the 2004 Keio Basketball Team. I only wish I could be with you during this celebration to renew so many old friendships and acquaintances. The teaching experience at Keio was such a joy and the players, coaches and administrators taught me many positive qualities in life. May the entire Keio basketball family stay close through the years, and the O.B.’s continue to be supportive and encouraging to future teams and coaches. Don’t ever underestimate the positive contributions that the O.B.’s have on the young men who will be performing in the years ahead. Thank you once again for the wonderful opportunities you afforded me in working with many Keio teams and coaches. Sincerely, Stu Inman, Keio O.B. 1967

〜以上〜


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